つけられなかった折り合い
就活の記憶が定かなうちに、考えていたことやその変化、現時点で自分がやりたいと思っていることを記録したいと思う。わかりやすくパッケージングした「自分」について説明を続けたせいか、だんだんと自分の考えがぼやけてきた。自己暗示って簡単らしい。あまり嬉しくないが。
企業えらびで重視したこと
一番譲れなかったのは、できれば、なんらかの格差の解消に関われるお仕事であること。たとえば、生まれた場所とか、階級とか。お給料が良くても私の心が死んでしまうような職場は避けた。さらに言うと、クィアやアライの多い場所がいいなとも思っていた。が、これは説明会やインターンレベルではそこまで評価できない項目だった。つながっているかどうかはわからないけど、社員さんの様子を見て、拘束・管理がゆるそうであるかどうかは意識していた。
次に企業の立地について。地元が嫌で東京に出てきたわけだけど、大学の4年間を終えてみると、ずっと住み続けて楽しい街ではないかもな〜と思うようになっていた。他の地域に依存しながら首都圏としてのさばっている傲慢な街のように見えてきて、だんだん他の地域に落ち着くのもいいかもなと思うようになった。大企業が都市圏に集中していることにも違和感を持っていたので、地方勤務も視野に入れていた。地元に戻りたくないという思いもあったから、就活中期は地元ではない地方の企業をたくさん見て回った。福島、岡山、兵庫、新潟、茨城......。就活初期から原発に関心があったので、関連施設がある都道府県は繰り返し訪れた。就活の初期から中期には足を運ぶという意味でかなりの労力をかけた。このことは、最後の選択に直接的には結び付いていない。回り道ではあったが、これが志望業界の決定には役立った。
志望していた業界について
私がついつい情報を追ってしまう、モヤモヤするポイントは都市圏が周辺の非都市圏に対して依存していて、汚いもの、面倒なことを押し付けているということだった。電気も食も人口も。その最たる例が原発だと思っている。できれば、その不均衡の解消に関われるようなことがしたい。
最後まで見ていた業界は、電力(再エネか原発)とマスコミ。最前線で安全に関わるか、少し離れたところから問題提起をし続けるかということの違いだった。私にとってはそこまで大きな違いではなかった。また強弱はあれど、どちらもマッチョな業界だった。
わたし1人だけの力で、汚いものを地方に押し付ける構造の解消まではできないだろうから、それなら、自分もその中で身を粉にして働くのはどうか。会社の内部から、安全に関わるような仕事ができないか。あるいは、少し離れたところから、議論の材料となる情報を届けられたら。
正直なところ、一番やりたいのは構造の解消だった。でも、私1人の力でできることではないし、新卒で入ってやれることは限られている。対人支援に関われるような強さも身についていない。やりたいことはたくさんあっても、どれも実現性が薄かった。現実解に落とし込んだ上で、自分なりに折り合いをつけるのに時間がかかった。
10月から就活に労力を割き始めて、業界を絞り始めたのが11月。電力業界を志望していたのは早かったけど、マスコミ業界を志望するようになったのは12月。めちゃくちゃ遅かった方だと思う。就活を始めるのが遅かったことに加えて、自分が本当にやりたいことを自分で認めてあげられなかったことが響いた。ここはかなり反省している。マスコミ業界は就活支援が充実していて、私もそのコミュニティに少し遅れてつながった。もう少し早く確信を持てていれば、本当にいきたかった会社に入れたかも? 今となってはたらればだけど。結果的には半年で就活を辞められた。ラッキーだった。
今のところの決断
両業界の本選考に参加した上で、最初はマスコミの道に進もうと思っている。決め手は私の興味関心の幅の広さと、大学院で学んだこととの接続性だ。電力との付き合い方のほか、働き方や個人(あるいは子ども)の生きづらさ、ひとまとまりのように括って語られる地方のこと、あるいは環境問題にも興味があることが決め手だった。和より個人を尊重するような空気感があることも良かった。
就活へのおおざっぱな感想
自分の人生をストーリーだてした上で、自分のやわらかい部分についてのわかりやすい説明を求められることに対して、しんどい日があった。信頼関係のできていない人事や社員たちから真正面のフィードバックをくらうこともつらかった。
一方で、広い意味で社会科見学ができたのはとても良かった。普段見られないような施設やプラント、機械設備を見学するような機会を簡単に得られた。それに、他の人たちがどんなことをやりたくて、どんな企業にいきたいか、みたいな話を聞くのが本当に楽しかった。私のコミュニケーション技術やスキルは壊滅的だけど、人の話を聞くのは好きだ。実家に民間就職した人が誰もいなくて困ったが、その分、就活の中でたくさんの大人とお話しできて、本当に良かったと思っている。
それから、就活は決断の連続だった。どんな選択をするにも、自分の中に揺るがない価値観・考えを持って、それをもとに選んでいくしかない。優柔不断な私は途方に暮れることも多かった。決まらなさ、不安定さが輪をかけて苦しさに繋がっていたんだと思う。自分が何をしたいか、どうなっていきたいのか、自分にどんなことが向いているのか。人に話を聞いてもらえて助かった。自分の就活で一番自分を褒めたいのは孤独にならなかったところだと思う。
もう一つ、とっても体力勝負だった。ESが間に合わない、低いクオリティのものを出す、そういうことがちょこちょこあった。もう1回やれるならもうちょっと頑張りたかった。自分のことを表現することに苦手意識があって、ESにすごく時間がかかった。研究との両立は難しいから、どういうふうに心理的にバランスを取っていくかということも必要だったと思う。
延々と反省が出てきそうだけど、この辺で一旦区切る。
気が向いた時にでも修正・加筆します。
就活中は無理やり落とし込んだ現実解に折り合いをつけ終わったつもりで突き進んでいたが、落ち着いたら落ち着いたで、また迷いが生まれた。内々定先にはいいところも悪いところもたくさんあるし、自分がやりたいこと全部叶えられるわけでもない。
いろいろ言ったけど、頭だけ動かすのが私のやりたいことなの?、みたいな思いもある。一旦、体当たりでやってみるのもありかな、と思っているところ。折り合いをつけないままで進んでみようとしている。
こう書いていて、最後まで自分のやわらかい部分を書けないのが面接官たちにフィードバックされ続けたところなんだろうな〜と思った。どういう業界に進むことになったか、どんな仕事をしたいと思ってるか、良かったら今度お会いした時にでも話させてください。
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